スールシャールとの3年間で見たもの、ラングニックに期待するもの

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はじめに

 

今回はスールシャールに期待したものと今季の不振原因、そしてラングニックによってもたらされるものについて書いていきたいと思う。

 

スールシャール政権を支持していた者のけじめとして書いた今回の記事だが、元々はノースウェスト・ダービーでの大敗後に書いたプロットが基になっており、そこから「スールシャールの退任」と「ラングニックの招聘」という新しいイベントの発生を受けて大幅に加筆したものになっている。

ボリュームとしては過去最長レベルになると思うがお付き合い頂ければ幸いである。

 

なおスールシャールの再建計画について具体的なものに関しては今回あまり触れていくつもりはないので気になった方は過去記事を見て欲しい。

 

redwing777.hatenablog.com

 

redwing777.hatenablog.com

 

 

1.スールシャールとの3年間で見たもの


1.1 スールシャールとユナイテッド

 

2021年11月21日、ついに約3年間続いたスールシャール政権は終わりを迎えた。スールシャールを支持してきたものとして寂しい思いはあるが、あの状況から立て直せるとは思えないので仕方がないだろう。

 

スールシャールが暫定監督としてユナイテッドに舞い戻り、実際に彼が指揮する試合を見て、多くのファンは「これが求めていたものだ。」と思った。

 

あの時のユナイテッドは久しぶりに一体感を取り戻し、生き生きとして、それを見た僕らは何かがカチッとハマったような感覚になった。退屈なオランダ人や偏屈なポルトガル人のフットボールに飽き飽きした反動もあり、その喜びはとてつもなく大きいものだった。あれほどのバイブスを感じられたのはユナイテッドを応援し始めてから初めてだったかもしれない。

 

「見たくもないスタイルのフットボールを見て負ける」ことに慣れた僕らは「見たいスタイルのフットボールを見られる喜び」を思い出し、そのフットボール"United way"と呼んだ。

United wayはバスビーとファーガソンが繋いできた「ユナイテッドらしさ」が正体であったが、久方ぶりに見たUnited wayによって僕らはこのフットボールがクラブと自分たちのアイデンティティに深く絡みついていること、そしてユナイテッドの試合が試合以上の意味を持っていた日々を思い出したのだった。

 

スールシャールがUnited wayを復活させることが出来たのは彼がユナイテッドというクラブを知り尽くし、深く理解していたからであり、また同時にユナイテッドのクラブ組織をどのように変えていくべきかというビジョンとそれを実行するための政治力を持っていたからだ。

 

スールシャールのUnited wayはピッチ内だけでなく、ピッチ外にももたらされ、ファーガソン以後時計が止まっていたクラブを再び動かし始めることに成功した。ユナイテッドファンからもスールシャールを監督としては無能な、単なるレジェンドOBだと揶揄する声もあったがそれは大きな間違いである。

 

スールシャールは選手としてだけでなく、スタッフとしてもユナイテッドにいた経験があり、またモルデ時代にはユナイテッドを参考に「ミニユナイテッド」と言われるクラブ組織を整備した経験もあった。そしてモルデとの契約にはユナイテッドから声がかかった場合には契約解除出来るという条項を差し込むほどに長年ユナイテッドの監督になることを夢見ていたという。それらが実を結ぶ形で得たユナイテッドへの洞察、そして持ち前の優れた人格によってユナイテッドは正しい方向へと進むことが出来た。後退するばかりであった近年のユナイテッドにおいてスールシャールが成し遂げた功績は正当に評価されるべきであるし、それがサポーターの役割であると僕は思っている。

 

「ユナイテッドはタイトル獲得が義務付けられたクラブであるがスールシャールではタイトル獲得は達成出来ない」という主張はこの3年間においては「真実」になってしまったが、タイトル獲得という数年前までは当たり前であったものの難しさを今になって痛感させられた人も多かっただろう。

 

スールシャールはとても優しく、親切だった。モウリーニョの時には負けることを祈りながら試合を見ていたがスールシャールの時にはそうでなかったというファンは多いだろう。僕個人で言えばどちらも監督就任時にはマイナス評価からのスタートであったがモウリーニョはその評価をさらに大きく下げた一方でスールシャールは初期評価を大きく覆し、夢を見させてくれた。

 

フットボールは人生のように凸凹があり、そしてフットボールというスポーツの特性上、それは試合中にも存在する。監督のほとんどは3年ほどでクラブを去る。そしてその去るタイミングのほとんどは凹の、つらい時期だ。上昇する時期もあれば下降する時期もある。しかしその凸凹の存在を楽しめなければフットボールは楽しめない。人生と同じように結果ばかりを求めても仕方ない。

スールシャールはユナイテッドが近年で最も下降した凹の時期にやってきて、近年で最も上昇した凸の時期を僕らに見せてくれた。確かにタイトルという結果こそ獲得できなかったが僕らはスールシャールの功績を忘れてはならない。

 

モウリーニョによって離れかけていたユナイテッドへの愛情を取り戻させてくれたスールシャールには深く感謝しているが、ただ今この場にある真実はスールシャールがこのクラブにとっての正しい形、つまりはUnited wayを僕らに思い出させてくれたこと、そしてそのスールシャールはもう今クラブにいないということだ。これは変わることがないし、スールシャールがいなくともユナイテッドという名のバスは進み続ける。

 

ではスールシャール政権やUnited wayとは何だったのだろうか、そして何故このような形で終わってしまったのだろうか。またこの先に何が待ち受けているのだろうか。僕らはラングニックと前を向いて進むために、今一度後ろを振り返り、それらを考える必要がある。

 

1.2 United way

スールシャール政権を振り返る上で欠かせないのがUnited wayである。スールシャールが身を引くべきタイミングがいつであったかについては意見が大きく分かれるところであるが、スールシャールが長らく迷走していたクラブを正しいレールへと戻し、そして正しい方向へと推し進めてくれたという認識に異を唱える人はあまりいないだろう。その正しいレールこそがUnited wayと呼ばれているものであり、僕らが再びアイデンティティとして思い出したもの、そのものである。

 

では具体的にUnited wayとは何だろうか。スールシャールは以前会見でユナイテッドらしいフットボールを「スピード、テクニック、パワーを生かした攻撃的フットボール」と表しており、実際スールシャールによってこれは取り戻されたと考えられている。

 

United wayを取り戻したことでチームは輝きを取り戻したと評価する人も多い一方で、「スールシャールユナイテッドが成功したのは他クラブの怠慢やフェルナンデスの加入という偶然性によるものが大きく、United wayは何も関係ない。むしろ時代遅れの象徴だ。」と評価する人も多くいることだろう。
もちろんある一部ではそうであったが全てがそうであったわけではない。

 

スールシャールの調和を重視するマネジメントスタイルも相まって、United wayを取り戻したことでモウリーニョ解任後のチームが大きく改善したことは事実であるし、また「解任ブースト」が終わり結果が奮わなくなったのはチームの力を反映した妥当な結果であった。チームを大きく底上げしたフェルナンデスの獲得はUnited wayを反映した選手のリクルート基準を用いたものであったし、United wayに問題はなかった。フェルナンデス獲得後の1年半はUnited wayが現代においても有効であったこと、そしてUnited wayがユナイテッドにとっては正しいものであったこを示していると言えるだろう。

 

United wayは現在においても有効であり、これに基づいていたからスールシャールのユナイテッドは一定の力を出すことが出来た。スールシャールは純粋な監督としての能力で言えばPLリーグクラスですらないかもしれない。しかしユナイテッドという特殊な環境においてはUnited wayという武器を使うことが出来る数少ない監督だ、と理解しておくべきだろう。

 

United wayに基づいたフットボールはピッチ内において「スピード、テクニック、パワーを生かした攻撃的」なものであり、またエネルギッシュなもの、試合を見ていて一体感や爽快感をもらえるものだった。これはユナイテッドが労働階級のクラブであったことやミュンヘンの悲劇から諦めずに再生した歴史が背景にある。

またパブでアルコール片手に観戦するというイングランドの観戦スタイルも背景にある。アルコールに酔いながら見るものに分かりにくい戦術は必要ないし、むしろ邪魔なものだ。そしてつらい日常を忘れながら明日への活力を求めて試合を見るのならば明快で盛り上がりやすいエネルギッシュでエモーショナルなものが好まれるのは当然だ。そのような空気の中で育まれたクラブへの愛情や同じクラブを応援する仲間たちとの一体感はいつしかかけがいのないアイデンティティとして形成され、いつしか世界最大規模のファンベースを構築するまでになってそのコミュニティは僕ら極東の日本にまで達している。

 

「ユナイテッドのクラブ哲学は勝つことでユナイテッドは毎シーズンタイトルを獲得し続ける常勝軍団でなくてはならない」と言う人は多くいる。黄金期を築いたクラブであるからクラブ哲学にその一面があることは否定しないが、その勝利もタイトル獲得もクラブに携わる人たちがファンの期待に応えるために努力した結果であり、ファンがどのようなフットボールを嗜好しているかというそもそもの視点を失ってはいけない。利益ばかりを追求してアイデンティティをなくした企業が顧客までもなくしてしまった例は世界中に多くある。


もちろん勝負事である以上、「勝利という結果を目指す」必要はあるのだがその過程における楽しみをどう追求するかということに対しての考えがクラブ哲学の正体であるし、「クラブ哲学が勝つこと」という主張はとても不自然なものだ。僕らは「勝たなければ意味がない」という結果至上主義ではなく、「全ては勝利のための試行錯誤」という勝利至上主義でいる必要がある。その「試行錯誤」にはそれぞれのクラブの哲学が反映されるし、より良い結果を望みながら「試行錯誤」の過程を楽しむのが僕らファンだったはずだ。

 

LvGやモウリーニョフットボールが「ユナイテッドのフットボールではない」としてファンからの反発を食らった一方でスールシャールフットボールは「ユナイテッドらしいもの」と受け止められたように、ユナイテッドらしいフットボールはファンの脳内の深いところでアイデンティティに絡みついているのだ。

 

クラブはファンからの期待に応えるために、ピッチ内においてUnited wayが展開されるようピッチ外においてあらゆる施策を講じなければならない。

 

United wayの代表例の1つにはアカデミーや若手選手の重視があるが、これはそのような選手たちがよりエネルギッシュでエモーショナルな展開を起こしやすい選手であり、クラブのために走る姿や成長する姿を見守ることでより選手との一体感を得られるために勝利の味がより格段になるからだ。もちろんアカデミーや若手選手の重視はこれ以外にも多くのメリットが存在するが、ユナイテッドの監督はUnited wayをファンに求められるが故にアカデミーや若手選手を重視することが求められてきたし、これからもそうであり続けるのだろう。

United wayはファンの嗜好やクラブの歴史を反映したクラブ哲学であり、クラブのDNAだ。クラブ哲学は下図では青で示された2要素から構成されており、ゲームモデルの選択にも影響を及ぼすものである。そのためクラブ哲学、もといUnited wayがクラブ内に存在し続けることはある程度一貫したゲームモデルをファンに保障する。

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この他多くの場面で影響を与える大きなファクターであるのがクラブ哲学だ。クラブ哲学を古臭く邪魔なものと思う人もいることも十分承知しているがクラブ哲学は「ファンがクラブに望む姿」が結実したものであり、これに基づいてクラブは運営される必要がある。

 

スールシャールはユナイテッドというクラブでクラブ哲学の重要性を身を持って感じ、理解していたからこそUnited wayに則した形でクラブ組織の改革を推進したのだ。

 

改革の実例としてはパーソナリティ重視の選手のリクルート基準、怠られてきた選手の入れ替え、アカデミーの改革、若手スタッフの登用、データアナリストの雇用、ディレクター職の新設などが挙げられる。スールシャールファーガソン後に指針を失っていたクラブを正しいレールへと戻し、その上で旧態依然であったクラブ組織をより最先端のものへと近付ける改革に大きな貢献をした。

 

その中でも特筆すべき事柄は「データサイエンティストの雇用」と「ディレクター職の新設」の2点だ。


前者については元々ユナイテッドはデータ分析に長けていたクラブだったがモウリーニョによってその部門が解散させられたという経緯がある。残念ながらスールシャール政権においてデータサイエンティストがどのような分野を任されていたのか、詳細が明らかになる前にスールシャールは退任してしまった。だがしかし、スポーツにおいてデータ分析というものは無くてはならないものとなっており、今後はフットボールも他のスポーツ同様によりデータドリブンなものになっていくと予想されている。「彼は元々あったものを作り直しただけだ」という人もいるだろうが、データ分析がフットボールに与える将来的な影響について理解していればそんなことは言えないはずだ。

 

そして後者の「ディレクター職の新設」についてだが、ユナイテッドは「ディレクター職の不在」が旧態依然のクラブ組織を象徴するものとして語られていた。ディレクター職を新設せずに、ファーガソンのようなマネージャータイプの監督が長期政権を築くことをクラブ上層部は待っていたのだろうが、マネージャーと呼べるような監督が少なくなった現代においてそれはとても難しいミッションだった。

 

ディレクター職が不在であるためにクラブは結果的にスポーツ面のほとんどを時の監督に依存することとなったが、ファーガソン以後の監督は自らの椅子を守るためにピッチ上で結果を出すことに精一杯であったし、監督としての役割を十分に果たせないままクラブを去っていった。それは監督を支えられる環境がユナイテッドにはなかったこと、もしくは近年の監督たちがユナイテッドのマネージャーとしては不十分だったことが理由として考えられる。

そうやって徒に時間を浪費している中で旧態依然のクラブ組織は放置され続け、ディレクターという一貫性を保つ構造が存在しない故に監督が交代される度にクラブは指針を失って迷走した。またディレクター職が不在であるためにクラブ上層部のスポーツ面を軽視した重商主義の判断の数々を阻む人もおらず、クラブ上層部の介入はユナイテッドをさらなる混乱の渦へと巻き込み続けた。


スールシャールはそうした深い闇からユナイテッドを救い出すべく、ファンの待望であったディレクター職を新設した。

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FDにマータフ、TDにフレッチャーを起用し、クラブをよく知る2人の起用によりクラブ組織改革の旗頭であるスールシャールがクラブを離れたとしても一貫性と理念が保たれる構造をユナイテッドはついに手にした。スールシャール退任後、この2人を中心となって監督選考が進められたことを見ると今後も一貫性、つまりはUnited wayは何らかのかたちで保たれるだろう。

※ディレクター職の新設についてはこちらの記事をどうぞ

 

ではスールシャール政権の振り返りはここまでにして、United wayに基づいていたはずのチームは何故今季不振に陥ってしまったのかという話に入っていきたい。
この3年間を無に帰さないためにも不振の原因を探ることは重要であるし、ディレクター職の新設によってUnited wayが保持されていくならばこの3年間についての反省はより重要なものだと考えられるからだ。

 

2.スールシャール政権が失敗に終わった理由

 

ここでは今季不振に陥った原因とスールシャール政権やユナイテッドが抱え続けていた欠陥の2つに分けて考えていく。この2つを混同してしまうと今季不振に至った原因を正しく分析/設定することが出来ず、未来へと正しい形で反省を活かす事ができないからだ。

 

2.1 今季不振に陥った原因

United wayの推進によりユナイテッドには輝かしい未来が待っており、今季もタイトル獲得は難しくともその夢に向かって前進することが出来るだろうと信じられていたが、蓋を開けてみればチームは長く出口の見えない不振に陥り、実際にクラブ内の厚い支持に後押しされていたはずのスールシャールも「解任」される結果となってしまった。

 

今季の不振の原因についてはメディアで多く書かれていたがチームが機能不全に陥っているのはスールシャール陣営の戦術的整備の乏しさが原因だ、という論調が多かった。
しかしながらこの論調では今季のユナイテッドを苦しめた原因を追究することは出来ないと僕は考える。それは昨季からと今季までの間に起こった変化についてのクローズアップが足りないからだ。

 

それまで順調であったはずの昨季から一転、今季から不振に陥っているのならばその間に何かしらの変化があったはずであり、その変化にこそ今季の不振についての原因があり、これを解決しない限りクラブは前に進めない。


順調に進んでいたことがある時点から上手くいかなくなったら、そこには何らかの変化が起こっており、その変化が原因で上手くいかなくなったと考えるのが論理的なものの見方だ。変化に焦点を当てた議論がなければ、正確に原因を設定出来なければ真因に至ることは出来ないし、過去の反省を将来に活かすことも出来ないのだ。

 

またピッチ上はクラブのあらゆる施策が形となってあらわれる場であり、ピッチ上を眺めて分かることもあればピッチ上を眺めるだけでは見えないことが多くある。ピッチ上の問題は表面上の問題であり、これを並べたとて、ピッチ外での変化には気が付くことが出来ない。


実際にあらゆるメディアで今季の不振の原因について書かれている記事を読んだが、ピッチ上の事象にばかり注目し、最終的にはスールシャール陣営への批判に行き着くという流れのものばかりであった。それではスールシャールを監督の椅子から引きずり下ろして有能な監督を連れてくれば問題は解決しクラブは好転する、という浅い結論で終わってしまうし多くの人がそうであった。

 

今季の不振の原因としてよく挙げられている「スールシャール陣営の戦術的な能力の乏しさ」については何も今季から始まったわけではなかったし、それは暫定監督就任時からのことだ。しかし現実としてはこの2年半でリーグ成績は向上し、多くのサポーターに夢を見せてくれていたので、スールシャール陣営の戦術的な能力の乏しさは変化とも呼べなければ不振の原因とも言えない。では「スールシャール陣営の戦術的な能力の乏しさ」が何であるかと言うと不振を深刻化させた要素、と表現するのが正しいだろう。

 

では昨季終了後から今季までに生じた変化とは何だろうか。

 

それは3点あると考えている。

 

1つ目は選手のフィットネス

 

夏の間にはEUROとコパの開催があり、多くの各国代表選手を抱えるユナイテッドは多くの選手を大会へと送り出した。またEURO開催のために昨季は例年よりも過密日程で行われていた。

 

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フィットネス不足の傾向は守備陣に強く見られ、中盤のフィルターがかからず最終ラインが晒される機会が多く見られた。また疲れの影響かコミュニケーションにも問題があるようにも見えた。

 

本来であれば守備構造を調整するか、不調なスタメンクラスの選手と控え選手を入れ替えてスタメンクラスの選手たちの回復を待つべきであったがユナイテッドにはどちらの方策もとることが出来なかった。

 

守備構造の調整についてはスールシャール陣営はそもそも選手たちの個に良くも悪くも依存するスタイルであり、深刻なフィットネス不足を戦術でカバー出来るだけの戦術的な能力を持ち合わせていなかったために実現することはなかった。

 

後者である不調なスタメンクラスの選手を入れ替えられなかったことについては、未だにユナイテッドは選手の入れ替えが終わっておらず、陣容も歪んでいるため選手選考の選択肢が極めて少ないことが理由として考えられる。


中盤については守備での活躍を期待出来る選手がフレッジ、マクトミネイ、マティッチしかおらず、最終ラインについてもSBはテレスが負傷しておりダロトは実力不足、CBはカバーリングタイプばかりであり調子を崩しているマグワイアの控えは不在であった。またロナウドの加入とジェームズの退団により、守備にあまり熱心ではないアタッカーが増えたことで守備陣が晒される機会が増え、ただでさえ不調に陥る守備陣にかかる負荷はとても大きなものだった。

 

さらにスールシャール陣営の昨季終了時の計画は、チャンスクリエイト数が多い反面ボールロストの数も多いフェルナンデスを昨季よりもフィニッシャー寄りに置き、その分のチャンスクリエイトをサンチョに任せることでボール保持をより高めながら戦うことというものであった。これはサンチョとトリッピアー、そしてDMを獲得ターゲットにしていたことからも分かり、これが実現出来ればベンチウォーマーと化していたvdBにもいよいよ活躍の機会が用意されるはずだったし、オプションとして3バックもきちんと導入出来たはずだ。しかしこの夏に実際にユナイテッドにやって来たのはDMでもトリッピアーでもなく圧倒的な得点力の代わりにチームに過大な守備負担を強いるロナウドであった。


これが当初のプランから大きく逸脱したものであることは誰の目にも明らかであり、チームのバランスを大きく乱すことになった。

 

そして次に選手のメンタルについて

 

選手のメンタル面については不調に陥る中でもメンバーが固定されたことで出場機会の少なさに不満を溜め込む選手が出てきてしまったことが大きいだろうが昨季EL決勝でマネジメントに失敗したことの影響もあるだろう。


繰り返しにはなるがユナイテッドの陣容は歪であり選手選考の選択肢がそれほど多くなく、また優しすぎる人格が持つがゆえにスールシャールは選手の機嫌や序列を気にしすぎた。監督としてのマネジメントスタイルも選手を「駒」以上の存在として扱うことで信頼を見せ、選手たちがそれに応えるという面があったし、スタメンの固定化はスールシャールユナイテッドでは継続されていたものなのだが、スタメンの選手たちが不調に陥りチームが上手くいっていない中では「スールシャールはお気に入りの選手たちに甘い」という印象を与えてしまった。


優しすぎたスールシャールは「飴と鞭」でいうところの「鞭」を使えず、長所であったはずのマネジメントスタイル故にチームの崩壊を食い止めることができなかった。

 

3つ目の変化はチーム強化に対する基準のブレ

 

ユナイテッドでは過去何度もオーナー陣やウッドワードがビジネス的な判断から必要以上に移籍に干渉し、特定の選手を獲得したり逆に獲得しなかったりということが続いてきた。これらが結果として非効率なリクルートと歪な陣容を生み、クラブを迷走させてきた要因の1つになっていたのだが、スールシャールは若手や英国籍選手中心の獲得やパーソナリティやUnited wayへの適応性を重視したリクルート基準を設けることで効率的に補強資金を使い、選手の入れ替えを進めていった。

 

しかしながらユナイテッドのフロント陣は何も変わっておらず、少しの間だけおとなしくしていただけだった。僕らの喜びは錯覚であったことをこの夏のマーケットを通して痛感させられた。彼らは再び移籍に干渉を始め、順調に前を向き始めたチームを壊したのだった。

 

最たる例はポグバの売却だろう。

 

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ポグバはチーム最高給の一人でありながら、守備面の問題から本来のポジションでは起用出来ず、また最近では怪我勝ちになり稼働率が悪化していた。彼はベストコンディションの時にはワールドクラスの選手だが、調子の波が大きく計算がしにくい選手であり、チームリーダーの1人でありながら奔放なプレースタイルはUnited wayに適しているとは言えないという扱いの難しい選手だ。その上契約更新にサインするほとんど見込みはなく22年の6月で契約満了となるため本来ならば1年半前、少なくとも半年前に売却されるべきだった。


ポグバはアカデミー出身であり、ワールドクラスのスターであるが故に大きなビジネス的価値を持ち、クラブは契約延長を何度も持ちかけていたみたいだがスポーツ面だけを考えるのであればポグバをなるべく高値で売却し、その資金をありあまる補強ポジションに投資するのがベストだろう。スールシャールが補強の妥当性を向上させたとて彼に補強や売却についての全権はなく、ポグバのような特別な選手についてはフロントの意向が大きく関わってくるが彼らはビジネス的価値からポグバの退団を当然認めない。ポグバを売却するという大きな決断を下せる人がユナイテッドには不在であった。

 

スールシャールは移籍市場が開幕する以前からDMとRBの補強を熱望していた。もしポグバ売却に成功していたら、そのどちらかだけでも獲得出来ていたのではないだろうか、そしてここまでチームが低迷することはなかったのではないだろうか。

 

また売却だけでなく獲得の方でも補強基準のブレは見られた。

それは補強の優先順序についてである。

 

今年の夏にはヒートンとサンチョ獲得後にヴァラン獲得を決定させた。しかし本当にCBは優先させるべきポジションだっただろうか?


リンデロフとマグワイアのコンビは確かにタイトル獲得を狙うならば頼りないかもしれないがタイトル獲得にはまだ本腰を入れる時期ではなく、新戦力の獲得を優先するべきはCBではなくDMであったはずだ。


ヴァランのクオリティは補強に値するものであったが結果論で言えば怪我が多く、現状補強の意味は多く見せられていない。またCB陣の年齢バランスを考えるならば少し疑問の残る補強であった。何よりも今季の低迷がDMの獲得を優先すべきだったと永遠の答え合わせを強いてきているように守備構造を強化するために必要なのはCBではなくDMであった。


もちろん、ヴァラン獲得後にDMの獲得が出来ていたならば補強の優先順序が問題になることはなかったのだが、ポグバやリンガードの売却をクラブが認めなかったことでDMとRBの獲得は資金面を理由に断念されており、結果として補強の優先順序を間違えたことはチームに大きな影響を与えたと言える。

 

またそのような中で特例としてロナウドが獲得されたことはクラブとしての補強の優先順序がチームの実情から大きく離れたものであることが示されてしまった。


シティ移籍を阻むためにロナウドの獲得は避けられないものだったかもしれないが獲得劇の裏にいくつかの疑問がある。

 

  1. ヒートン、サンチョ、ヴァラン以上に新戦力を獲得したいのならばまず選手を売却する必要があったはずなのにロナウドの獲得資金はどこから来たのか?
  2. 現在のロナウドはUnited wayには適応しない選手であり、彼の獲得はこれまでの補強基準や計画を全て放棄することに等しいのだが何故決定されたのだろうか?
  3. ロナウドのシティ移籍が近づいているという外的要因があったとしてもプラン外の行動をとることは本当にプロフェッショナルがするべきことだっただろうか?

 

疑問は大きく分けて以上3つ。


以下にそれぞれに対する事情や個人的な考えを並べていく。

 

ロナウドの獲得についてはグレイザーが承認を出したとされ、必要となる移籍金や給料などの資金調達はウッドワードが担った。メディアではロナウド獲得のためにスポンサーへと掛け合い、資金を調達をしたと言われているがジェームズの売却が資金面で大きな手助けとなったのは間違いない。そこで何故売却されたのはジェームズだったのが問題だ。


ジェームズの退団は出場機会の減少を恐れた本人の意志とされている。ジェームズはファンからの理解やサポートは少なかったもののチームのバランスを保つためには必要不可欠な選手であり、ロナウドの加入によってチームバランスが乱れることが予想される中でその重要性はより大きなものになるはずで本人の意志が退団意向だとしてもチーム事情を考えればジェームズは何としてもチームに留めるべき選手だった。


それに関わらずジェームズが売却されたのはリーズが強い関心を示しており、最も売却しやすかったからに他ならない。来夏に契約満了を迎えるリンガードやポグバが本来ならば売却されるべきであったが、高給故に売却難易度は高く、またユナイテッド側は2人との契約延長を諦めていなかった。そのため2人を安価で売却することに躊躇し、ジェームズの売却が行われた。


ジェームズはチームバランスを保つためには重要な選手であったが、純粋なスポーツ面からの理由ではなく帳簿上の都合ばかりを考えたためにリンガードやポグバをキープすることをクラブは選択したのだ。


意地悪く結果論で言えば今季のこの2人は大した戦力となっておらず、その上皮肉にも現在リンガードもポグバも契約延長をする様子はない。そしてポグバについては契約延長について可能性をちらつかせ売却されることを回避し、来夏契約満了によるフリー退団でより良い条件のオファーを得ようとするライオラ、ロナウドについてはシティ移籍を出汁にユナイテッドへの復帰を果たそうとするメンデスという2大代理人の思惑にユナイテッドはしっかりと嵌められたと言うことも出来、ユナイテッドは考え得る中で最大の損失を被る形となったと言えるだろう。

 

②現在のロナウドは以前ユナイテッドにいた頃のドリブラーではなく、完全なストライカーへと進化おり、年齢面の問題から守備の貢献も大きくなければ攻撃面の関与も圧倒的な得点力以外ではそこまで大きなものではない。現在のロナウドはチームのために走れる選手ではなく、チームバランスを大きく歪ませてしまう、United wayには適さない選手である。


ディレクター2人もスター選手の獲得よりもよりチームのニーズに適した選手を獲得する意向を示していたはずだったが、それにも関わらずロナウドの獲得に踏み切ったのはシティへの移籍を阻むためにファーガソンやOBたちの強い働きかけがあり、さらにはオーナー陣が世界的スターがもたらすビジネス価値に惹かれたからで、チーム事情を十分に考慮したものではなかった。


確かにロナウドがひとたびライバルクラブに移籍してしまえばユナイテッドは以後彼をレジェンドとして扱えなくなってしまい、ビジネス的には非常に大きな損失となるし、最大クラスのレジェンドをシティに奪われることはクラブのメンツやファン心理の上でも大きな問題となってしまう。


スールシャールも獲得を望んだと言われているがロナウドの電撃復帰にファンが歓喜したように、上からの意向には逆らえない中間管理職のように、ロナウドの獲得に"No"とは言えなかっただろう。またEL決勝で敗れたことで自信を喪失し、ロナウドに縋ろうとした面も多少なりともあるはずだ。

 

ロナウドがシティ移籍間近になってしまった時点でロナウドの獲得に踏み切らざるを得ない状況だったとは想像がつくが純粋にスポーツ面のことだけを考えれば避けるべき選択であったし、これまでの基準から外れた選手を縁故によって獲得してしまうのはプロフェッショナルな判断ではなかったと言える。

 

あの時に冷静な判断を下せるSDがいたとしてもロナウドの獲得に"No"を言えたかどうかは分からないし、ファーガソンやオーナー陣が獲得へと動き出してしまった時点で止めることは出来なかったとは思う。しかしながらSDがいれば、それ以前にユナイテッドにSDを置けるようなまともなクラブ組織があれば、何とかチームバランスを保つためにさらなる補強を行う、そして場合によっては多少損失があったとしてもその選手獲得資金を得るために選手売却を前倒しで進めるということが出来たかもしれない。

 

以上3つがロナウド獲得に対する疑問点とまたそれに対する事情や個人的な考えになる。

 

長々と書いてしまったが今季の不振の原因は「選手のフィットネス」と「選手のメンタル」「チーム強化に対する基準のブレ」の3点であり、僕らはこれを原因として設定をし、この3年間の反省をするべきだ。

 

2.2 スールシャール政権とユナイテッドの欠陥

2.2.1 スールシャール陣営の問題

 

不振の原因が分かったのならでは次に3年間の反省を行おう。

まずはスールシャール陣営の問題は何だったのかについて考えていく。

 

スールシャール陣営の問題を考えるためにはまずスールシャールがどのようなタイプのリーダーであるかを考える必要がある。それはリーダーのタイプによってマネジメントスタイルや問題へのアプローチが異なるからだ。

 

ではスールシャールはどんなリーダーかと言うと戦術家ではないのでスペシャリストではない、どちらかと言えばジェネラリストタイプのリーダーだと言えるだろう。
スペシャリストに比べてジェネラリストというワードは聞き馴染みのないものかもしれないがジェネラリストはスペシャリストの対角線上に存在するものとしてしばしば比較される。


スペシャリストタイプのリーダーはその人自身が専門分野に優れ、その優れた知識を使ってチームを成功に導こうとするものでグアルディオラがその典型例として言えるだろう。その一方でスールシャールのようなジェネラリストタイプのリーダーは自分は広範囲に渡る知識や経験を持ちながら広い視野で物事を判断することで成功に導こうとする。


スペシャリストは自らが主体となってチームを推し進めていくことが出来るがリーダーである自らが時代遅れになれば一気に陳腐化してしまうリスクがある。その一方でジェネラリストはチームにスペシャリストを配することで時代遅れになるリスクをカバーできるという利点があるが自分だけの意見では物事を決定出来なくなるリスクがある。物事に臨機応変に対応が出来るジェネラリストの方がマネージャーや長期政権向きの監督だろうしファーガソンはこのタイプであったが、最近では監督にも専門家の波が到来したことでスペシャリストの監督が主流となっている。

 

話が少し逸れてしまったがスールシャールがジェネラリストである以上、チームの成績が悪い場合には「リーダー自身の能力不足」と「チームメンバーの能力が不足、またはメンバーに専門家自体が足りていない」という2パターンが考えられる。

 

チームが上手く行っている時には戦術的なアウトプット不足を戦術のスペシャリストをスタッフに入れることで解決するようファンは求めていたが、これはスールシャールのもとでチームは上手くいっていることを理由に後者のチームメンバーの能力が不足、またはメンバーに専門家自体が足りていない」というケースを想定していたからだ。


しかし今季の不振においてはスールシャールは戦術のスペシャリストをチームに新たに加えることも出来ず、また自身の見識により状況を打開することも出来なかったためにリーダーとしての能力を疑われるようになってしまった。これは前者の「リーダー自身の能力不足」のケースと言える。

 

多くの人が指摘していたようにスールシャール陣営では戦術的なアウトプットが不足していた。守備のフレームワークや攻撃の再現性もあまりなかったし、ビルドアップやチャンスメイクも属人的なものであった。これはスールシャールだけでなくスールシャール陣営全体で戦術的な能力が不足していたことが原因であったが戦術のスペシャリストを新たに加えることも出来なかった。これは現スタッフ陣を信用し過ぎたスールシャールの優しさ、もとい甘さのせいだったのだろう。

 

2.2.2 United way自体の欠陥

 

スールシャール政権になってもてはやされていたUnited wayであるが、スールシャール陣営同様にUnited wayにも大きな欠陥が存在した。


これはUnited wayの正体を深堀りしていくと明らかになる。United wayはファンが嗜好するフットボールに応えるために形成されてきたものであるということについては先に述べているが、United wayはマネジメント方法に留まってしまっている

 

実際、United wayをどうやってピッチ上に表現するかという手法についてはあまり言及されてきていないし、スールシャールが言及した「スピード、テクニック、パワーを生かした攻撃的」くらいのレベルでしか規定されていない。

United wayは戦術的な規定がとても抽象的なレベルに留まっている、もっと言えばUnited wayは戦術的なアイデンティティを持っていないのだ。これは欠陥と言えるだろう。


バルセロナアヤックスレッドブルグループなど戦術的アイデンティティが存在するクラブからは優秀な監督が続々と輩出される一方で、ユナイテッドOB、特にアカデミーからの生え抜きの人に監督として成功する人が少ないことはUnited wayに戦術的アイデンティティがないことが影響していると一定の説明ができるだろう。


そして何故、United wayは戦術的なアイデンティティを持たないかについてだが、イングランドフットボールは戦術のような分かりにくいものを嫌う傾向にあり、戦術よりもリズムを重視するフットボールを好んできた背景が大きいだろう。United wayはファンの嗜好によって形成されたものなのだからそのファンが戦術を嫌っていれば当然United wayに戦術的な要素が少なくなってしまう。


FourFourTwoが2020年5月に出した『The 100 greatest football managers of all time』という記事ではトップ10にAlex Ferguson, Rinus Michels, Johan Cruyff, Bill Shankly, Pep Guardiola, Arrigo Sacchi, Matt Busby, Helenio Herrera, Ernst Happel, Valeriy Lobanovskyiという名前が並んだ。

100 greatest football managers of all time | FourFourTwo

 

ご存知のようにファーガソンとバスビーはユナイテッドの歴代監督の中で最も偉大な監督の2人であり、トップ10に2名もの監督を輩出したユナイテッドは特異なクラブと言っていいだろう。しかしながらこの2人と他8人にはユナイテッドの監督経験者であるか否か以外に大きな違いがある。それは他の8人がフットボールの戦術史における革新者であるということだ。

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シャンクリーだけは純粋な革新者とは異なるが彼はリヴァプールでThe Boot Roomを始め、この部屋ではクラブの哲学や理念、ライバル打破のための戦術について話し合われる場をつくり、The Boot RoomからはBob Paisley, Joe Fagan, Kenny Dalglish, Roy Evansといった4人の優れた監督を輩出している。


ユナイテッドの2人の名監督が戦術史の革新者でないことはUnited wayに戦術的アイデンティティを持たないことに直接的な関係はないものの、今のUnited wayはこの2人の要素を色濃く引き継いでいることは間違いない。バスビーの時代を生きていないので分からないが少なくともファーガソンの時代は戦術面はスタッフに委ねており、戦術的アイデンティティが形成されるような環境ではなかった。彼ら2人は戦術史の革新者ではなくフットボール文化の革新者であった。

ファーガソンの功績やパーソナリティについては先日The Athleticからファーガソンの80歳を記念して出された記事をどうぞ


そしてUnited wayはThe Boot Roomのような場で形成されたものでなければ、またイタリアのCovercianoやドイツのHennes-Weisweiler Academyのようなアカデミックな環境でカリキュラムに組み込まれているわけでもない。


戦術的アイデンティティを持たないのにUnited wayというワードが市民権を持っているのは名監督2人が長きに渡って安定的成功を収めたことは当然として、バスビーベイブスがイングランド初の欧州カップを優勝したことやファーガソンのリーダーシップがアイビーリーグで教えられるほどのもとであったことなど、マンチェスターユナイテッドというクラブを極めて特別なクラブとファンに感じさせる要素が多くあったからだろう。

 

United wayが戦術的なアイデンティティを持っていないことはこれまであまり議論されてこなかったがスールシャールの手によって復活した今、United wayに戦術的なアイデンティティが存在しないことが認識された。


スールシャール政権の反省として「United wayは時代錯誤のものであり撤廃するべきだ」という意見を見かけるが何もUnited wayを全否定する必要はない。そもそもUnited wayはファンの嗜好によって形成されたものであるしそこに時代遅れかそうでないかという観点は存在しないだろう。

 

むしろいまこのタイミングをUnited wayの上にこれまで存在しなかった戦術的アイデンティティを確立し、United wayを完成形へと近づけるチャンスと捉えるべきである。万が一アイデンティティの創出から始めるというのならばこれまでのクラブを愛していたファンの一部と長い時間を犠牲にする覚悟が必要だということは忘れてはらない。

 

2.2.3 クラブが抱える欠陥

 

ユナイテッドがクラブとして抱える欠陥はファンとクラブ組織の2点ある。


前者のファンついては簡単で「期待値が高すぎること」だ。ファーガソンが安定的にタイトルを獲得していたことによって、ユナイテッドのファンはタイトルを獲得するために乗り越えなくてはいけない障害を軽視しすぎる傾向にある。少しチーム状況が良くなっただけでタイトル獲得を夢見てしまうのは女の子に少し優しくされただけでその子は自分のことが好きなんじゃないかと考えてしまう初心な男子高校生みたいなものであるが現実的な視点を持たないファンは多く存在している。

 

またユナイテッドのファンは世界最大規模の人数を有する故にメディアやSNSによって食い物にされ、チーム状態が良い時も悪い時も感情を煽られ続けるという特殊な環境下にいる。チーム状態が良い時にはあらゆる方向から称賛の声が聞こえてくるので無敵感に包まれるのだが、チーム状態が悪い時にはあらゆる方向から批判の声が聞こえてくるのでひどく憂鬱な気分にさせられる。


フットボールがスポーツである以上、勝ち負けはつきものであるし結果を出し続けるのは無理なことだ。フットボールの結果にも人生のように凸凹が存在する。また歯を食いしばって上手く行かない時期を経たからこそ得られる成功も多くあるし、チーム状態が悪いからと言って全てが悪とは言い切れない。


しかしメディアやSNSは時に検証や忍耐というステップを飛ばして、感情そのままに反応してしまう。

 

非論理的な内容だとしてもネガティブな感情は共感が得やすく、より多く拡散されてしまう傾向にある。ネガティブな記事や反応、SNS上の仲間たちのネガティブな感情を繰り返し見ていれば人は簡単により深い憂鬱な沼へと引きずり込まれてしまう。

そして抜け出せなくなった憂鬱の沼の中で自分が今こうなっているのはクラブの状態が悪いからだと短絡的に考えるようになり、手っ取り早くこの憂鬱な状態を抜け出したいために本来応援すべき存在である監督や選手に過剰な批判を浴びせるようになってしまう。これはとても悲しいことだ。


クラブを応援することと過剰評価すること、期待値を高く設定することは異なるということを一部のファンは理解するべきだ。

 

そして後者のクラブ組織について。

 

ユナイテッドのクラブ組織の問題点を簡潔に言ってしまえば、時代の変化についていけてない、旧態依然の組織でことにある。

Arnold and Woodward are out of their depth

シティのようなクラブ組織が最先端と評される一方でユナイテッドのクラブ組織はファーガソンの再来を待つノスタルジックなものと揶揄されてきた。

 

ユナイテッドには長らくディレクターと呼ばれるような役職が存在せず、クラブの意思決定は取締役をはじめとする上層部によって行われてきた。そのトップにいるCEOのウッドワードは銀行出身のインテリであり、フットボールの知識はほとんどない人である。ビジネス優先の施策ばかりでスポーツ面は時の監督に依存する、ビジネスのために移籍に介入するという悪癖があり、ファーガソン退任後クラブは方向性や基準を見失い、クラブ収益は毎年増加する一方でスポーツ面では低迷が続いた。

 

ユナイテッドが伝統にあぐらをかいていることは対照的に、お隣のシティではバルセロナからCEOとしてソリアーノ、FDとしてベルギスタンを迎え、一貫した方針の元、クラブ組織を構築していった。2016年には念願であったグアルディオラの招聘に成功し、戦術的なアイデンティティまで手に入れた。また世界中でCFGと呼ばれる自分たちとメソッドを共有するグループを形成することでフットボール界の中心たる存在にまで成長している。

 

先日のマンチェスターダービーは0-2でシティの勝利であったが点差以上にこのクラブの間には差があると考えなくてはならない。

 

最近のフットボール界では多くのクラブでマネージャーという役職がなくなりつつある。意思決定者としての役割はディレクターへと移り、監督としての仕事がより専門的になっている。


マネージャーシステムにははマネージャーとしての適任者を探すことが難しいことやマネージャーを変えるたびにクラブ内で大きな変化が生じてしまうことなどデメリットが多くあり、専門化と分業化の波の中でマネージャーシステムは旧時代のものとなった。

 

そのような時代の変化の中でユナイテッドは頑なにディレクター職を置かずに時の監督にマネージャーとしてクラブのスポーツ面を預けることを続けてきた。これは長期政権を担える「ファーガソンの再来」たる適任者の到来を待ち、ファーガソンの幻影を追いかけ続けていたからだ。

 

そういった意味ではスールシャールはユナイテッドのマネージャーとしては優秀であったし、最も「ファーガソンの再来」に近い人物であった。契約延長がなされたのはファーガソンの後継者を期待されてのことだっただろう。


しかしディレクター的な役割では優秀であったスールシャールは監督としては平凡であった。彼の抱えるスタッフもまた平凡なものであり、彼の監督としての能力不足をカバーすることは出来ず、今季の状況を立て直すことは出来なかった。

 

ここまで来れば何が言いたいのかは分かるだろう。

ユナイテッドは旧時代のシステムを続けていたが故にスールシャールを置く役職を間違った、いやスールシャールを置くべき役職が存在しなかったのだ。

 

正式監督に就任後、結果が奮わなかった時期に「スールシャールをSDに昇格させ、新たな監督を招聘した方が良い」という意見をよく目にしたし個人的にもそれを支持していた。

チームとして成績も向上し、スールシャール本人も監督としての役割を続けることを望んでいただろうから、このアイディアが現実となることはなかったし、それだからこそスールシャールのディレクター的な部分をクラブ内で継続するためにディレクター職が新設されたのだろうが、結局のところスールシャールはユナイテッドにおいてはディレクター的な役割が適しており、監督としては能力が伴っていなかったのが真実だ。

 

スールシャールはディレクターにすべきだったという評価を受けた特殊な例ではあるが、歪で旧時代のクラブ組織が故に見逃した優秀な監督は多くいただろう。またクラブ組織や判断基準が健全で時代に則したものであればそういった一般的な"優秀な監督"を雇用出来、ユナイテッドがここまで低迷することはなかっただろう。

 

今になってようやくディレクター職が新設されたがあの上層部のもと、どれだけの権限を与えられるのかは未知数である。スールシャールがユナイテッドが走るべきレールに戻し、また正しい方向へと推し進めてくれたようにディレクター2人も活躍してくれることを祈るばかりである。

 

2.3 今季の不振に対する原因分析まとめ


この章の最後に今季の不振に対する原因分析をまとめてから次の章へと入っていきたい。


まず不振の原因としては夏の間に起こった変化に注目するべきだとし、「選手のフィットネス」と「選手のメンタル」「チーム強化に対する基準のブレ」の3点を原因として挙げた。


そしてこの2点に紐づく形で「大陸別コンペティションの存在」や「スールシャール政権の問題点」、「クラブ組織の問題点」があるというのがこの章の内容であり、スールシャール政権やこれまでのユナイテッドにおける反省点であるとも言える。


ここまでの内容を細分化しつつ一旦まとめると下の図のようになる。

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今季の不振原因を並べた図に「ディレクター職の新設」や「スールシャールの退任」「ラングニックの招聘」という新しいイベントをリンクさせると下の図のようになる。

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これは新イベントが今季の不振原因を踏襲して実行されたものであるという前提のもとで、どの原因に対応しているか(どの原因を解消させ得るか)ということをまとめたものである。

 

選手のフィットネスについては時の経過による回復を待つというのが1番の解決策ではあるものの選手個々のフィットネス不足を構造、つまりは戦術でカバーするという意味では戦術面での能力に乏しいスールシャール陣営は達成出来なかったが戦術の理論家であるラングニックならば可能かもしれない。

 

クラブ組織については主にディレクター職の新設によってカバーされると考えられるが様々な弱小クラブをリーグトップレベルに押し上げてきた経験を持つラングニックの招聘により、ディレクター2人のバックアップと育成が期待できる。

 

ラングニックがユナイテッドにもたらすものについては次章で書いていくが、ラングニックの招聘がスールシャール政権やこれまでのユナイテッドにおける反省点とリンクしていることが簡単に分かってもらえればありがたい。

 

3.ラングニックによってもたらされるもの

3.1ラングニック招聘の経緯


ラングニックによって何がもたらされるのかという話をする前にラングニック招聘の経緯を整理しなくてはならない。何故ラングニックという選択をし、また半年間の暫定監督と2年間のコンサルタントという特殊な契約したのかということが前提の共通理解としてなければラングニックが何をもたらしてくれるかというについて予測することも話すことも出来ないからだ。

 

まずラングニックを選んだのは誰か?ということから始めよう。これまでユナイテッドの監督人事はクラブ上層部が決めていたと思われるが、はっきりとした任命責任者は分かっていなかった。しかし今回のラングニック招聘はディレクター職2人、特にマータフが中心となって決めたことだとされている。

 

第二にラングニックはどのような人物か、ということについてだがここで説明しようとすれば長くなってしまうし、多くの人がある程度は理解しているだろう。説明の代わりにいくつかラングニックについて書かれたもののリンクを貼っておくのでこちらを参照してほしい。

そして次に何故ラングニックだったのかということについてだがこれは「スールシャールとはタイプの異なるテクニカルな監督を探している」と言われていたように戦術的要素が退任理由の1つになってしまったスールシャール政権の反省を活かした形であると思われる。

またこの表現ではスールシャール政権を否定した上にラングニック招聘があるように見えてしまうが、それでは一貫性が保てないしスールシャール政権での成功要素がきちんと引き継がれた上でラングニックの招聘はある。それは志向するゲームモデルとクラブ組織改革についてだ。

 

ゲームモデルについてだが、ラングニックのフットボールは激しいプレッシングを前提に構築されているがある意味ではUnited wayの「スピードとテクニック、パワーを活かした攻撃的フットボール」や「分かりやすくエネルギッシュなフットボール」といった要素に通ずるものがある。またスールシャールも元々はプレッシングとより手数をかけない攻撃を志向していたことを考えれば戦術の解像度に大きな差はあれど共通点を多く持っていると言えなくもない。

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先ほどのゲームモデルの図において青で示されたクラブ哲学的な2要素はディレクター職の新設によりラングニック政権へと引き継がれており、監督のコンセプトとしても一定の共通点を見出せる。監督交代のたびにゲームモデルやクラブの方向性が大きく変わっていた最近のユナイテッドとは異なり、今回の監督交代においてはゲームモデルの一貫性がより保たれている、と言えるだろう。

 

また先ほどディレクターの2人がスールシャールとは異なるテクニカルな監督を探していたと書いたが、United wayやスールシャールのスタイルと共通点を多く持つラングニックはUnited wayをアップデートするような形で細部を詰めることが期待できる。

ラングニックは明確な戦術的アイデンティティを持ち、それは現在のフットボールの最先端であるストーミングの基礎を創り上げた人物であるからだ。「戦術的アイデンティティを持たないこと」が欠陥であったUnited wayは、多くの共通点を持つラングニックによってアップデートが施され、確固たる戦術的アイデンティティをついに手にするかもしれない。


またクラブ組織改革についてだが、ラングニックにはこれまでディレクターとして多くのクラブでクラブ組織改革を進めてきた経験を多く持っている。スールシャールからクラブ再建計画を受け継いだディレクター2人はユナイテッドがどうあるべきかやUnited wayに対する理解こそあるが、クラブ組織改革の方法論については未知の部分が大きいと思われる。ディレクター2人とラングニックが協業することによってスールシャール以上の旗頭として機能することが理論的にはできるだろう。

 

では最後に何故「半年+2年」という異例の契約になったかについて話してからこの章の本題に入っていこう。


ユナイテッドは「A:即時就任可能な後任監督」と「B:今季終了までの暫定監督と来季からの後任監督」の2パターンで監督選考を考えていた。

ファーガソンの支持を受けるポチェッティーノは後任監督候補の筆頭ではあったがパリとの交渉が上手くいかずに今季すぐの就任は消えたため監督選考はAパターンではなくBパターンが有力となった。

 

そして暫定監督候補に声をかけている中でユナイテッドはマータフと縁があったラングニックに出会い、契約するに至った。またラングニック側はユナイテッドの暫定監督のオファーを受けるにあたってスパルタク・モスクワの職を辞する必要があり、代わりに2年間のコンサルタント契約を要求したとされている。

こうした流れで「半年+2年」という異例の契約が誕生したわけだがラングニックの要求を飲んだということはユナイテッドにとっても旨味がある取引だったと考えるべきだろう。ではその旨味とは何だろうか。

 

例としては以下のようなメリットが考えられる

 

  • クラブ改革や戦術アイデンティティの確立を考えれば半年という期間はあまりにも短すぎるため十分な招聘効果を得られないというデメリットがあったが2年半の契約となったことで大きな招聘効果を期待できる。
  • 2年半という時間を確保したことでラングニック学派の人的資本の注入やまたそれによるクラブ内での化学反応の発生のために必要な時間が確保できる。
  • 後任監督選考やクラブ組織改革における主導者にディレクター2人だけでなく経験豊富なラングニックも加わることで新人ディレクター2人には持ち得ない知見や視点、コネクションなどが利用可能になる。
  • 半年間暫定監督としてクラブの内部に入り、現場を見ることによってユナイテッドへの理解が深まるので後の2年間のコンサル効果を最大化できる。
  • 2年半という期間ラングニックを「拘束」できることになったので時間後任監督に適任者がいない場合には来季以降もひとまずはラングニックを監督とし、適任者の出現を待つという時間的猶予と選択肢を得た。  etc.

 

「半年+2年」という契約の形態のメリットについて例を挙げるのはこのくらいにして、次に本題であるラングニックとの契約によって何がもたらされるのかについて触れていこう。

 

3.2 ラングニックはユナイテッドに何をもたらすか

 

本題とはラングニックはユナイテッドに何をもたらしてくれるのだろうか、というテーマについては多くの人が議論していると思うが一応僕の方でもまとめていきたいと思う。

 

まずピッチ上についてである。


ラングニックといえば激しいプレッシングとボールを奪ってからの速い攻撃であるがこれはユナイテッドでも展開されると思われる。United wayに戦術的アイデンティティを植え付けられるほどに整備が進むかは未知数ではあるが、攻守においてフレームワークが整備されることは確かだろう。

 

戦術については個人的に下の2記事が面白かったので再度リンクを貼っておく 。


特にプレッシングについてはスールシャール政権の末期ではフェルナンデスやロナウドがプレッシングを乱すことが見られたが、「ゲーゲンプレスリングのゴッドファーザー」と呼ばれるラングニックのフットボールは激しい組織的プレッシングが売りであり、整備が大きく進むだろうと思われる。

The Philosophy and development framework of Ralf Rangnick

スールシャール以前からも続いていた、選手個人の即席の判断に依存したフットボールはビッグクラブにあるまじき状態はラングニックによって終止符が打たれると信じたい。

しかしながらユナイテッドは従順でフレッシュな若い選手ばかりのレッドブルグループとは異なり、スター選手を多く抱えるクラブであるために同じ強度でプレッシングが出来るとは思えない。ある程度ユナイテッドの現状に合わせることがラングニックには求められるが、彼が難しい条件下でどのような調節を行うかは大きな注目ポイントとなるだろう。

 

またラングニックは若手登用を好む監督であるからアカデミーからの登用や若手選手の抜擢が相次ぐだろう。エランガやショレティレ、ハンニバル、ディアロらは練習での態度次第では出場機会が大きく増えるはずだ。スールシャール政権では主力選手の固定化が起きていたこともあり、そうした新しい風はチームにとって大きな刺激になるだろう。


またアカデミーからの登用が増えると同時に選手のリクリートについてもより明確に若手路線がとられるはずだ。レッドブルグループでは激しいプレッシングに耐えうる選手を獲得するために選手補強は25歳以下という制限がついており、ユナイテッドでも若手選手を好む傾向は見られるだろう。


そしてリクリートについて付け加えるならばレッドブルグループの選手とスタッフのプール、またはレッドブルグループに縁のある選手やスタッフにアクセスしやすくなるというメリットがある。共通点の多いフットボールをするならばレッドブルグループのクラブでプレー経験のある選手にとって移籍の障害はより小さくなるし、より詳細な情報を持っているためにリクルートの成功率を上げることも出来るのだ。

またラングニック本人はレッドブルグループを離れてはいるがデータアナリストのような人材を引き抜いてくることでレッドブルグループが持つ選手プールの情報を手にすることが出来る。ラングニックの就任によってホーラン、ハイダラの獲得を狙う噂が強まったが今後はこうしたコネクションでの獲得が増えていくだろう。

 

次はピッチ外について。

 

まずは「3つのC」について。ラングニックはサッカークラブにおいて重要なものとして「3つのC」 があると考えているが、この「3つのC」 とはConcept(理念)Competence
(能力) Capital(資本)という頭文字がCで始まる3単語を指したものである。

The Philosophy and development framework of Ralf Rangnick

この考えにユナイテッドを当てはめるとCapital(資本) に世界トップクラスで優れている一方でCompetence(能力) が少し、そしてConcept(理念)が大きく欠けている。その一方でラングニックはConcept(理念)とCompetence(能力)に優れており、またこの2つからCapital(資本)を生み出し、クラブに持続的成功をもたらすビジネスモデルまで持っている。「3つのC」という観点で見ればラングニックとユナイテッドはベストマッチと言うことが出来るだろう。

特にクラブ上層部にConcept(理念)がないことが大きな弱点の1つであったユナイテッドは世界最先端のConcept(理念)を手にすることによって劇的な進歩を果たすか可能性がある。

 

次にラングニックによってユナイテッドに人的資源が多く注入されることについて触れたい。すでにアシスタントコーチのChris Armas、心理学者のSascha Lenseらがユナイテッドに加入しているがまだ数人が追加されそうだ。彼らの多くはレッドブルグループでラングニックの薫陶を受けた人たちであり、最先端のフットボールを知っている人材であり、若くフレッシュなスタッフが多い。

レッドブルグループは選手だけでなくスタッフの育成にも優れているが、スールシャール政権下のユナイテッドではラムゼイのような若く有望なスタッフの登用が続いていたことがあり、彼らがレッドブルグループのメソッドに触れてどのような化学変化がもたらされるか、今から楽しみである。

 

またメソッドといえばラングニック本人を忘れてはいけない。2年半の間にラングニックによってクラブ運営のメソッドが叩き込まれると思うがこれによってクラブ組織だけでなくディレクター2人の育成もなされると思われる。レッドブルグループはディレクター人材の育成にも優れておりマータフやフレッチャーがこの2年半で大きく成長しクラブを導いてくれる存在になることを期待している。

 

ラングニックがユナイテッドにもたらしてくれるものとしては以上が考えられる。
本題本題といった割に内容が薄く、大雑把なものになってしまったがこれにはラングニックユナイテッドは不確定なことが多く、予測が困難であるからだ。次にこれについて説明していこう。

 

3.3 予測困難なラングニックユナイテッド

 

ラングニックの暫定監督、並びにコンサルタント就任は大筋では歓迎すべき出来事だと思われるが、その一方でいくつかの懸念事項が存在していることも事実であり、その存在がラングニックユナイテッドの行方を予測しにくくしている。

 

予測を難しくする懸念事項についてはThe AthleticでMichael Coxも指摘しており、以下リンク先の記事で6点を挙げている。

Cox: Six reasons why it's difficult to predict how Rangnick will do at Manchester United – The Athletic

 

少なくとも懸念事項はいくつか存在しており、多くのファンが考えているような夢物語が現実のものになるかどうかは怪しいものがあるということは踏まえておいた方がいいだろう。

 

この記事が出る前に僕の方でもラングニック就任のメリットデメリットを考えていたが、ラングニック自身が特異な人物であり、契約もまた前列のない珍しいものであること、2年間のコンサルタントとしての業務内容やラングニックが関わる後任の監督選考など未知数なものが多く、上手くまとまり切らなかった。なので記事の要約を太字で、そのあとに付随する僕個人の考えをつけていくあわせ技で書いてくとする。

 

①最近10年間で2シーズンしか監督をしていない。そのどちらもライプツィヒでのものであり、そのうち1シーズンは2部にいた頃のものだ。またライプツィヒでは成功していたがユナイテッドはライプツィヒと違いラングニック好みのクラブ組織を持たない。全く異なる環境でどの程度の監督として機能するのか未知数である。


個人的には今回の「半年+2年」の契約で重視しているのは暫定監督としての期間よりも2年間のコンサルタント期間であるから、今季の暫定監督としての成績はそこまで重要なものではないし、TOP4に入れれば御の字だと思っている。

しかし今季大崩れしてしまうと来季からのコンサルタント業務に支障が出てしまう恐れがあるためにある程度の結果や内容を見せることで信用性を示す必要はあるだろう。

戦術のアウトプットに関しては、半年間という短すぎる制限時間を考えればファンやメディアの期待に反し、後任監督のための導入レベルに留まるだろう。

ラングニック好みのクラブ組織もない中で過度な期待をすることが大きな間違いだろう。

 

②ユナイテッドのような規模のビッグクラブを指揮した経験がない。シャルケを率いた経験はあるもののホッフェンハイムライプツィヒは「小さなクラブ」であり、クラブの規模だけでなく所属している選手にも大きな差がある。


①で先に述べたように今季の暫定監督は多崩れしなければ問題はないと思っているが、ラングニックがビッグクラブを指揮した経験がないことは大崩れを引き起こすリスク要因の1つであることは間違いないだろう。ユナイテッドのようなビッグクラブではスター選手のエゴを上手くコントロールすることが監督には求められるが、ビッグクラブでの指揮経験がないラングニックがどのような振る舞いを見せるのかは未知数である。そのためロナウドやポグバといったスター選手のエゴをどのようにコントロールして戦術に組み込むかということは今季のテーマになりうる。

スター選手のマネジメントの参考例としてはシャルケ時代のラウールが唯一挙げられるものだが、そのラウールもラングニックのマネジメントには大きな不満を持っていたと言われており、エゴの大きいスター選手の存在はラングニックにとって大きな障害になるかもしれない。

 

またラングニックが大きな成功を収めてきたザルツブルクホッフェンハイムライプツィヒというクラブはラングニックが来るまで「ほぼ白紙」のクラブであったために多くのことをラングニック一人の意思で大きな変化をもたらすことが出来たが、メガクラブであるユナイテッドというクラブのキャンバスにはすでに多くのものが描かれており、多くの制約と旧態依存のクラブ組織の中では大きな変化を起こすことはラングニックにとってもとても難易度の高いミッションになるだろう。

ラングニックが「ユナイテッドの歴史」とどうやって付き合っていくのかということはこの契約における1つのテーマであり注目していかなくてはならない。

 

③ラングニックは暫定監督でありながらクラブのアイデンティティを変えることを求められているとても珍しい例。一般的な暫定監督の役割とは対照的で暫定監督はスター選手のマネジメントに長けていたり、戦術を比較的シンプルにしたりすることでチームに安定を持たすことが使命であることが多いがラングニックはそうではない。


正直ラングニックがユナイテッドの全てを変えられるとは思っていない。監督としても半年という期間は短すぎるし、戦術的アイデンティティと呼べるレベルで植え付けることは難しいだろう。実際に課せられている役割は一般的な暫定監督に近く、一般的でない部分としては暫定監督期間を越えてコンサルタントとしてクラブに携わる故に後任監督のための基礎整備や導入を行うという程度に収まっているのではないか。

ラングニックはConceptを注入してくれる人物であり、戦術をはじめとする監督的な仕事の大半はラングニックよりも後任監督に任される部分が大きいだろう。そして戦術的なアイデンティティとしてラングニックのConceptがクラブ全体に確立されるのはラングニックとの契約以後であるという想定をする方が自然だとは思われる。

ラングニックは短期的な成功をもたらすことが出来る人物ではあるが基本的には長期的な成功をもたらしてくれる人物であることは忘れてはならない。

 

④暫定監督でありながら後任の監督人事に関わる前列がないレベルで珍しい例。監督選考はクラブにとって最重要事項であるはずだが急に現れたラングニックがそこに関わるというのはおかしな話であり、ユナイテッドの計画性のなさが分かる。


ラングニックとの契約は理に適ったものではあるが一方で前例がない契約であり、ユナイテッドに計画性がないこともまた事実である。ラングニックはディレクター2人の経験不足やConceptや戦術的アイデンティティに欠けている現状をカバー出来る人材ではあるがあくまで青写真でしかない。

コンサルタントという業態がクラブ運営にどのような影響をもたらすのかについても「実験段階」であり、コンサルタントに頼る世界中あらゆる企業同様に本来ならば「コンサルタント」に頼らない運営をすべきだったということは忘れてはならない。

 

⑤スムーズに後任監督に移行できるのか分からない。ライプツィヒではハーゲンヒュットルを自身の後任に指名しSDになりながらもその後ハーゼンヒュットルの後任として自身を監督に任命し、1年後のナーゲルスマンの監督就任までの中継ぎをした過去がある。


後任監督として適任者がいなければラングニックが継続して監督を続けるという選択肢はなしではないが出来れば避けたいものである。ラングニックは監督ではなくディレクター的な仕事をしてこそ輝く人材であり、監督としてはクロップやトゥヘルには劣るからだ。とはいえ現時点で後任候補として名前の挙がるテン・ハフとポチェッティーノの2名が適任者かと言われると各々にそれなりのリスクがある。
特に後者は④で先に書いたような戦術的アイデンティティを確立と言えるレベルで戦術的な整備を行える監督ではないし個人的にはトッテナムのような彼のための環境が用意されていない限りはビッグクラブレベルの監督ではないとすら思っている。そして何より2人ともラングニックの影響を色濃く受けているわけではない。テンハーグは戦術に共通点もあり、ストーミング派閥は監督のタイプも幅広いので組み合わせとしては面白いと思うがラングニックとディレクター2人がどのような評価を持っているかは不明だ。現状ではファーガソンやクラブ上層部のお気に入りであるポチェッティーノが後任レースで一歩先を走っているのかもしれない。
チェルシー行き前には個人的にトゥヘル招聘を夢見ていたのもあって適任者はトゥヘルだと思っているのだがチェルシーから強奪するのは難しいだろうし、ナーゲルスマンも同様にバイエルンを離れるとは思えない。大穴でホッフェンハイムのヘーネスに僅かな可能性はあるかもしれないがまだステップアップには時期尚早であり、そのようなリスクを冒すならばテン・ハフに行くべきだろう。

 

⑥ラングニックがコンサルタントとしてどのような役割を果たすか分からないこと。コンサルタントという言葉は解釈の余地が大きく、具体的にラングニックが何をするのか、何を任されているのか現状では分からない。


コンサルタント」というワードに一種のカッコよさを感じる人もいるかもしれないが具体的にどんなことをする人かという明確な取り決めはなく、外部からテキトーなアドバイスをごくたまにくれる人でも「コンサルタント」を名乗ることは出来るのでラングニックがコンサルタントとして2年間でどんなことをユナイテッドにもたらしてくれるかは未知数である。

ユナイテッドはラングニックのコンサル顧客としてはスパルタク・モスクワに続く2番目であり、スパルタク・モスクワのプロジェクトも半年前に始めたものであるからサンプルはほぼ存在しないと言って良い。コンサルタントとしてどのようなことを行うかについては当然ユナイテッドとラングニックとの間で契約に近い形で取り決めがなされているとは思うがそれを僕らファンがのぞき見することは出来ない。サンプルがほぼないに等しく、また契約の詳細も分からない以上は一般的に言われているコンサルタントを利用するメリット・デメリットをラングニックとユナイテッドに押し当てて予測するしかないのだ。

 

一般的にコンサルタントを利用するメリットとしては「内部のしがらみに関係なく最も効果的な打開案を示せる」「ノウハウを外注出来る」「業界全体を俯瞰した大局的な視点を得られる」というものが存在する。
これらはユナイテッドにおいてラングニックが求められていることと共通しており、ラングニックから万全を尽くしてくれるのであればユナイテッドは近い将来大きな進歩を見せることになるだろう。

 

また一般的にコンサルタントを利用するデメリットとしては「結果にコミットしない」「現場に即していない案が出される」「企業にノウハウが蓄積しない」「意思決定の空洞化」が挙げられる。

1点目についてはコンサルの短所の1つではあるがラングニックはプロフェッショナルであり何らかの結果をもたらしてくれることを信じている。

2点目についてはラングニックは通常のコンサルタントとは違い人的資源の注入や人材育成を行う人物であることからある程度カバー出来るはずだ。

そして3点目の「企業にノウハウが蓄積しない」については、最も懸念すべき事柄だと個人的には考えている。ラングニックのコネクションで多くのスタッフがユナイテッドに加わったが彼らがいつまでユナイテッドにいるか分からないという部分があるからだ。彼らがラングニックのコネクションで加わった以上、ラングニックの暫定監督期間やコンサルタント期間が終わる契約的なタイミング、もしくはラングニックが新たにコンサルタント顧客を得たタイミングで彼らもユナイテッドを離れてしまう可能性がある。実際Chris ArmasやEwan Sharpは今季までの契約になっていると言われており、今季終了後のスタッフの去就については注視が必要だろう。

Rangnick also confirmed that new coaches Chris Armas and Ewan Sharp and sports psychologist Sascha Lense are contracted until the end of the season but refused to rule out the prospect of them staying longer. Ralf Rangnick will consider not signing unvaccinated players for Man Utd (telegraph.co.uk)より

ラングニックのコンセプトは「持続可能性」を追求したものであるがコンサルタントと言う中途半端な役割ではその「持続可能性」によるメリットは契約期間内という限られた時間でしか得られない。ラングニックによってユナイテッド側の人材が育成されスタッフの内製が出来れば問題はないのだが、スールシャール政権でアシスタントを務めていた将来の監督候補であったキャリック、マッケナ両名がクラブを離れてしまったことで不安が強まってしまった。

4点目の「意思決定の空洞化」についてはラングニックに頼りすぎてしまうことで引き起こされるが、これはディレクターの2人にかかっていると言える。ラングニックや彼に近しい人物と今回の契約以上にコンサルタント契約を「継続」する可能性はあるが基本的にはディレクター人材の内製を目指すだろうし、ディレクターの2人がどれだけラングニックの薫陶を得られるかでクラブの将来は変わってくると言っていいだろう。

 

上記6点がCoxが挙げていた「ラングニックユナイテッドが予測困難である点」であり、またそれに対する個人的な考えてあるがこれだけでは少し不十分なので付け加えていく。

 

⑦選手たちの耐久性について。
ラングニックが指揮をとるようになって4試合だが、ユナイテッドの選手はラングニックが求めるフィジカルレベルにないことが明らかになってきている。コンディションが悪かったことが今季不振の一因なので当然ではあり、これから向上していく見込みはあるがロナウドやラッシュフォード、グリーンウッドというユナイテッドのアタッカー陣がラングニックのフットボールに適応出来るか怪しいという問題は来季も継続されるだろう。

もちろん来季はラングニックが監督ではない予定ではあるが、後任もラングニックに近いフットボール観を持つ監督が招聘されることはほぼ確定事項であり、ラングニック自身がもう1年監督を務める可能性もなくはない。ラングニック流のフットボールに適応出来なかったスター選手が不満分子になったことをきっかけにチーム崩壊が引き起こされ、クラブがラングニックと袂を分かつ判断を強いられるという最悪のシナリオも予測は出来る。

②でも触れたがラングニックはスター選手を指揮した経験に薄く、ユナイテッドのようなメガクラブでのマネジメントが未知数であることには変わりがない。半年間の暫定監督期間中ならば就任ボーナスで乗り切れるだろうが、後任監督のマネジメントやラングニックからの禅譲可否次第では最悪のシナリオが発動する可能性もあり、注意が必要だと言えるだろう。

 

⑧ラングニックが持つコンセプトの持続可能性。
これについてはより大局的な話になる。
ラングニックが提唱したコンセプトは現在最先端という評価を受け、ペップらのポゼッション偏重のフットボールと世界を二分するものとなっているがこの構造が永遠に続くとは考えられない。コンセプトにも時の経過によって淘汰が起きるのは当然であるし戦術史の中でもそれは実証されている。United wayがそうであったようにアップデートをかける存在がいなければ陳腐化していくだろう。
ユナイテッドとラングニックの契約は2年半であり、その先にどのような未来が待っているか分からない。ラングニックとコンサルタント契約を延長する可能性もあるが、それをしない場合には2年半で得たコンセプトを今後アップデート出来る人材の確保が必要だ。その人材をユナイテッドで内製するのか、もしくはラングニックに近しい人物を連れてくるのか、検討を今のうちから進める必要があるだろう。


そしてまたコンセプト自体の賞味期限が切れる可能性についてだが、データ分析によってロングボールの価値が見直されるなどフットボールにもデータ分析が導入されて久しい。データ分析上でラングニックのコンセプトが非効率だという結論になった場合、もしくはデータドリブンな新しいコンセプトに淘汰される兆しが見えた場合にユナイテッドはどのように対処するだろうか。ラングニックのコンセプト自体もデータ分析を重視したものなのでそれなりの期間で有用だとは思われ、2年半以上先の未来の話にはなるだろうがラングニックのコンセプトがどこまで有用であるかは見極めが必要になってくるだろうし、またラングニックのコンセプトに頼らない運営が必要となってくるだろう。

 

以上のようにラングニックユナイテッドは未知数な部分が多く、これに伴ったリスク要因も多く存在することは踏まえておくべきだろう。現在、ラングニックへの期待度はかなり大きいものだがこれらリスク要因を理由に実績としては小さいものになってしまう可能性はそれなりに大きく、リスク要因がどのようにクリアーされていくか注視する必要がある。

 

4.考察

 

4.1ラングニックユナイテッドで注目すべきこと

前章の最後で「リスク要因がどのようにクリアーされていくか注視する必要がある」と書いたがラングニックの過去の功績を踏まえれば、ある程度の成功が計算出来るためリスク要因をどれだけ潰せるかということが重要になってくると考える。

 

そのためにも

  • 今季をどの順位で終えるか、そしてその内容はどうだったか。ラングニックのコンセプトはユナイテッドに本当にマッチするのか。
  • 後任監督がどのような人で、どのような狙いの下、どのような意思決定プロセスを経て決定されたか。
  • コンサルタントとしてのラングニックはどのような人物で、具体的にどのようなメリットをもたらしてくれるか。
  • ラングニックと後任監督の影響でチーム内の約束事や各ポジションに求める役割、選手のリクルート基準などにどのような変化がもたらされるか。
  • ラングニックコネクションによってもたらされた人的資本の去就。

 

ということを事細かく見ることは重要になってくると思われる。

 

また新戦力について報道があった場合には、そのオペレーションがフロント主導のものなのか、監督の希望によるものなのか、はたまたラングニック主導のものなのか、3つのパターン分けをして考えなくては獲得の狙いが見えにくくなってしまう恐れがある。

そのため新戦力の獲得について噂があった場合には情報源の信憑性を確かめることと同じくらいに「このオペレーションは誰が主体的に動かしているものだと考えられるか」という要素が重要になってくるはずだ。

 

 

4.2 ファーガソン後からラングニック就任を一本の線で繋いでみる

 

では最後におまけ的な陰謀論じみたお話をして今季の記事を締めたいと思う。

 

以前、僕はブログにファーガソン後の監督人事について、どの監督も「不器用」なクラブ上層部なりに「ファーガソンの成功体験」を分解を行い、「ファーガソンの再来」を夢見て招聘をされた監督なのではないか、と書いたがユナイテッド上層部のスールシャールへの期待やポチェッティーノ招聘を目論む姿勢を見るに、その認識は正解から遠くはないものだったのではないかと考えている。

 

少し偏った、無理のある見方ではあるのだが、ファーガソン後からスールシャール招聘までの間にクラブを率いた3人の監督について、フロント陣は、モイーズには安定的な長期政権、つまりは"ファーガソン路線の継続"を、LvGには後の成功の基盤となるようなチームを創り上げる"クラブのアップデート"を、モウリーニョにはタイトル請負人として、常勝軍団であった"ファーガソン路線の継続"を期待していた。 スールシャールによってもたらされた改革について - ヨーグルト·ホリック (hatenablog.com)

 

United wayを復古させ、クラブ組織に改革を施したスールシャールは今季チームが不振へと陥るまではファーガソンの後継者として適任だと見なされていたし、レジェンドOBがクラブを救うという筋書きはクラブ上層部の中でも人気が高かったのだと思われる。

 

実際スールシャールはタイトルという数字こそ残せなかったものの、ファーガソン勇退後で最も良い監督であったことは間違いなく、正当に評価されるべきなのだが個人的には大きな謎が1つ残っている。

 

それは「何故スールシャールはクラブ組織改革の旗頭になり得たのか?」というものだ。

 

度々ディレクター職の新設が検討されているという噂は報道されてきたが実現することはなかったし、隣人のシティーが相当な力を入れてアカデミーを強化したとしてもクラブは放置を続けてきた。

クラブ収益が安定していればスポーツ面の成績はさほど重要ではないという上層部の姿勢は明らかであったし、補強が必要なポジションについては補強がされないのにも関わらずビジネス的価値の高い選手の補強は行われ、そのほとんどが失敗した。

 

長い間そのような姿勢であったクラブ上層部がいくらスールシャールがクラブのレジェンドとはいえ彼のためにクラブ改革をわざわざ行うだろうか?

 

スールシャールがいくらクラブを知り尽くしていたとしても、ユナイテッドに足りないもの見るヴィジョンを有していたとしても、決定権持つクラブ上層部が改革案に対し「No」を突き付ければ実行はされなかったはずでこれまでのクラブ上層部であれば「No」を突き付けていたはずである。

 

スポーツ面の成績は重要ではないのだからクラブ組織改革という「無駄な労力」が多く必要となることは行わずに今まで通りユナイテッドの過去の栄光を切り崩して利益を創出していればよかったはずなのだ。

 

それにも関わらずわざわざ組織改革が行われたのはスールシャールがユナイテッドに戻ってきた頃、クラブ上層部側にもクラブ改革をする必要が生じており、そこに運良くクラブ組織改革についての長期的な計画、そして改革を実行するための政治力とコネクションという3つの要素を持ち合わせた人物がやってきた、と考えるのが自然なのではないか。

 

ではクラブ上層部側にもクラブ改革をする必要が生じたのは何故であろうか。

 

ここで一旦クラブ上層部が意思決定において何を重要視しているかについて考えてみる。

 

それは何であろうかと議論をするまでもなく「クラブ収益」や「クラブの株価」と言ったビジネス的な側面だろう。

 

下のグラフのようにユナイテッドのフロントはクラブの株価を見て行動を決定している節があることは周知の事実であり、ビジネスとして成功している限りクラブ上層部はリーグを何位でフィニッシュするかどうかに興味がない、とまで言われてきた。

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過去、これまでユナイテッドのファンのクラブ上層部の重商主義によって引き起こされた様々な迷走に苦しまされてきたが、その一方でクラブ収益的に見ればユナイテッドは成功しているクラブであり、グレイザー家とウッドワードが「金のなる木」としてユナイテッドに目を付けたのは極めて賢いビジネスだったと言えるだろう。

 

当時まだビジネス化があまり進んでいなかったフットボールは今後ビジネス的に成長する余地が大きく、またユナイテッドのような過去の栄光を背景にした圧倒的なブランド価値があればそれを利用することで多くの投資をすることなく莫大な利益を持続的に吸い上げることが出来るとしたのがウッドワードが考案したスキームであり、グレイザーはこれに乗っかる形でユナイテッドをレバレッジ・バイアウトと言う買収先を担保に資金を借り入れる手法で自分たちの私財を大きく投じることなくユナイテッドを買収した。

 

しかしながらそのような「金のなる木」もそうは長く続かず、そのスキームの持続性に疑問符が付くようになった。(もしくはこれもウッドワードやグレイザー家の予想の範疇だったというのならば次のフェーズに移ることとなった、という表現が正しいが。)

 

下に2009年から2021年までのユナイテッドのクラブ収益を並べたグラフがある。

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(引用元:• Manchester United revenue | Statista

 

2009年から2017年までの8年間でクラブ収益はほぼ倍になっており、ユナイテッドがウッドワードの下でビジネス的には大きな成功を収めていることが分かる一方で2017年からクラブ収益が伸び悩み始めているのが分かる。

 

これにはいくつかの原因が言われており、The Athleticがグレイザーを特集した昨年の記事にクラブの買収の経緯などの詳細も含めて書かれているので気になる方は読んで欲しい。

 

原因について箇条書きで簡単に書いていく。

 

  • グレイザーのスポンサー集めの手法はユナイテッドのブランド価値を利用しつつ小口スポンサーをより多くかき集めるものだったが、メガ企業が多く出現した今の社会情勢を考えると小口スポンサーをより多くかき集めるよりも超大口スポンサーを1つ獲得する方が何倍も効率が良く、グレイザーの手法では集金に限界が見えた。
  • スポーツ面での低迷が長く続いたことで無敵だと思われていたユナイテッドのブランド価値が大きく落ちてしまった。
  • 他のメガクラブもビジネス的に力をつけ競合相手が多く出現してしまった。
  • スポンサー料の額面ばかりを気にしてスポンサー契約を結んだことでユナイテッドのブランド価値を安売りし、自身の価値を下げてしまうことになった。またそのようなユナイテッドを大企業は避けるようになり、大口スポンサーを獲得できなくなっていった。

 

このような原因があってユナイテッドはクラブ収益を伸ばせなくなってしまったと言われている。

 

クラブ収益の数字としては伸び悩みが明らかになったのは2017-18年であるため、グレイザーやウッドワードなどクラブ上層部がこれまでの収益モデルでは限界がある、成長の持続性が怪しいと感じたのはもう少し前の話だろうが、クラブの上層部がこの頃からどのようにして再びクラブ収益を伸ばせるか?ということを考えていたと見ていいだろう。

 

そしてその答えがクラブ組織の改革をはじめとする「スポーツ面の拡充」や、今年計画が頓挫した「スーパーリーグ構想」であったのだろうと思われる。

 

スールシャールが2018年の末に暫定監督としてクラブに戻ってきたことを契機にクラブ改革がスタートしたことは、これまでの悪癖であったスポーツ面の軽視をやめ、「ある程度真剣に」結果を追い求めるために動こうとしていたタイミングで魅力的な長期的計画を示せる人材が現れたからであり、

 

またスーパーリーグ構想失敗を契機にウッドワードの退任が発表されたのは、限界が見えてしまった従来の収益モデルから転換することが構想の頓挫によって確定となり、クラブのビジネスとして新しいフェーズを始めなくてはならないからではないだろうか。

 

スールシャールがクラブ組織改革の旗頭になり得たのは彼が有していた長期的計画が上層部に支持され、旗頭に担ぎ上げられたからであり、上層部の変化の裏にはクラブ収益の伸び悩みがあった。

 

スールシャールが正式監督に就任する際に「クラブ上層部がスールシャールが持つ長期的計画を評価している」と報道されており、当時スールシャールを支持していなかった僕はそのニュースを鼻で笑っていたものだが今思えばそれは本当だったのかもしれない。

 

もしそれがそれが真実であるならば、スールシャールがいくらレジェンドとはいえ成績不振で退任をする監督にあれほど仰々しい見送りをするべきだったか?という議論に新たな可能性が出てきたと言えるだろう。

 

少し陰謀論的な話になってしまうがクラブ上層部が重度の重商主義である以上、一定程度の説得力はあると個人的には思っている。

 

そしてラングニックの招聘もこの説の延長線上にあると考えれば納得がいく部分がある。

 

仮にスールシャール1人によってクラブ組織の改革が行われており上層部には改革の意思がなかったとしたら、クラブ組織に対して口うるさいラングニックを招聘することはなかっただろうし監督選考を新設のディレクターに委任することもなかったはずだ。

ラングニックという、クラブ上層部にとって「不都合な」人物を招聘した事実からは、スポーツ面の軽視を続けたあのユナイテッドの上層部でも多少なりとも「真剣にスポーツ面を強化する必要性」を感じているのではないか、と考えることが出来る。

 

上層部の一連の動きにはビジネス面の伸び悩みを解決するためという「不純な動機」が見え隠れし、これまで数々の失敗を繰り返してきたユナイテッドの上層部を信じることは出来ないかもしれないが、ユナイテッドがビジネス面で将来的な危機に瀕していることを考えればある程度の期待を持つことは許されるだろう。

(まぁもちろん期待が裏切られた際には責任は取らないので自己責任でお願いしますが……)

 

懸念材料こそいくつかあるもののラングニック招聘はとても理にかなったものであるし、ファンの空想でしかないと思っていたアイディアが現実となったのは歓迎すべきことだろう。

また約3年間、改革の旗頭として先導してくれたスールシャールという監督以上の存在を失ったタイミングでラングニックがレッドブルグループを離れコンサルタント業務を始めていたことは(現時点では)とても幸運なことだった。

 

 

おわりに

 

まずはほぼ4万字というクソ長いものにお付き合いして頂いてありがとうございます。

自分でも何でここまで長くなったのか分かりません、、、

 

今年はユナイテッドにとって変化の大きな1年にだったと思います。

もしかしたら来年はそれ以上に大きな変化がある1年になるかもしれません。

 

個人的には4月に社会人になり、夏からは片道1時間半の通勤も始まりました。

平日の試合はもちろん月曜早朝K.O.の試合も見られないことが多く、

どうしても深夜帯に活動しなくてはならない趣味を持っていると

仕事との両立が大変だなぁと感じています。

 

まぁそんなことはどうでもいいとして

今回が2021年最後の記事となりますので年末のご挨拶をば。

 

今年一年、ありがとうございました。

いつまでこうやってブログを書いたりTwitterをしたりしてるのか

自分でもわかりませんが来年もまたよろしくお願いします。

 

それではよいお年をー!